• Mayu Fujita

兼業歌手として〜東京での正社員勤めと音楽活動の両立

2016年から3年間の東京生活では、正社員として企業で働きながら音楽活動をしていました。


もともと、フルタイム勤務をするつもりはなかったのですが、最初仕事を探している中でたまたま見つかった仕事が正社員だったので、とりあえず様子見よう、というところで始めたんです。



演奏の仕事は平日の夜もしくは土日に入れて、仕事が終わってからや、週末を練習に充てました。



途中一度転職をし、それからも忙しくなる仕事と両立して月に最低一度は本番に立っていました。


引っ越して西荻に住み始めてからは、通勤に時間がかかっていたこともあり、平日の夜は帰って食事を作って食べ、片付けるので精一杯。


練習は土日にすることが多かったです。

大学の頃に比べたら練習量は少ないですが、効率よく充実した練習をすることで音楽に向き合いました。




平日に合わせや夜本番を入れた時は、時間休をとって対応したりと、仕事の方にもあまり休みが多い印象を与えないように気をつけながら。




平日の昼間に自由に動けるフリーランスが羨ましいと思ったりしたこともありましたが、仕事があることで、生活は一応安定していたのでそこは東京で暮らす上でメリットが大きかったです。




コンサートの合わせのために関西へ行ったり、青森へ行ったり、3連休のある時はそれを利用して遠征していました。


たまに実家にも帰ったり。長期休暇は外国に行ったり。





音楽でない仕事をしていることで、交友関係も広がりました。


そして、自分でも気づかないうちにですが、すっごく社交的になりました。


日本で働き始めてからなのか、留学中からすでにそうだったかはわかりませんが



それ以前はどちらかというと近寄りがたい人だと思われていて、自分から新しく会った人に話しかけたりとか話を広げたりとかしなかったんですが


今は初対面の人とすごく話ができるようになりました。

そういう場が平気になったというか。


いつからか、口が勝手にしゃべってくれるようになりました。

冗談じゃなく、たまに頭に浮かぶより先にドドドーとしゃべり倒してる自分がいます。


面白い現象です。

第一印象も、クールだったのが笑顔の柔らかい人と言われるようになりました。


そのことは一番の成長と言えるんではないでしょうか。




いつか音楽だけで生活していきたいという気持ちもなくはありませんが、実際自分のビジネス面での能力をもっと伸ばしてみたいという気持ちもあります。



東京では、最初は保険会社に入りました。


保険外交員として加入者の皆さんのアフターサービスや新規契約を取り扱い、研修の一環としてファイナンシャルプランナー2級までとりました。


営業の仕事は文字では表せないぐらいの大変さがありましたが、それゆえに自由な部分もありました。


それまで全然無縁だった金融関係の仕事をしたこと、研修がしっかりあったおかげで、税金や保険について詳しくなれました。



親身になってくれたお客さんもいて、退職してからも交流がある方も。


同僚や上司とは今でもたまに会って食事に行ったり遊んだりしています。そういった一体感がある職場でした。

人に恵まれていましたね。




転職してからは、オーストリアでの留学経験とドイツ語能力を活かした仕事で、より楽しさがありました。


毎週のようにオーストリアの企業が訪問してきたり、電話やメールでコンサルティングをしたり、オーストリアの企業の無理難題を解決すべくありとあらゆる方面にアプローチしたりリサーチしたり、イベントを企画したり、コーディネイトしたり。



何の仕事?とよく聞かれましたが、本当に何でも屋でした。



様々な業種の方々が集まるパーティーが月に一回はあり、交友関係が広がりました。


産休の代理ということで一年だけの勤務でしたが、それなりに私のポジションは築けていたみたいで、それも嬉しかったです。



この期間日本で働いて、所得税、都区民税、年金、保険料を納め、本当の意味で社会人になりました。

企業で働いたことで視野が広がり、人間として自信が持てるようになったのも確かです。



実は、自分の才能と人気しか頼れない芸能の世界では、うまくいかない・仕事がない=自分の魅力がないからだとつい自分を責めたり落ち込んだりしてしまいます。



そうやって深い悩みの中に沈んで、楽しんで音楽ができなくなったりしました。



事実、音楽を通して得る収入では家賃も払えません。少なくとも私は。



そうやって卑屈になりたくなくて、ビジネス面でも成長できる場でしっかり働き続け、自分だけのケースを作っていきたい。


歌手=こうあるべき、という型にはまったものではなく、私らしいバランスで私の好きな音楽を、好きな人と好きな場所でやりたい。



究極のわがままですが、それが私に合っているんじゃないかと思います。




今、30歳になり、ちょうど仕事の契約が終わったところで、そのまま東京に残るのではなくヨーロッパに戻る・再挑戦する道を選びました。



要するに、海外転職です。


どうやって、どういうステータスで戻るかは迷いました。

まだ一応大学に籍を残してあったりもしたので。


とりあえずワーホリかな・・・と思いつつ、オーストリアの企業にメールで履歴書を送ったり、同時に合唱の募集があったら録音を送ったり。


ドイツ商工会議所にも掲載してもらって、一応・・・都内のドイツ系企業の面接を受けたりもしました。



そんなところに、まさしく私のような人材を求めている企業の人と弊社企画のイベントで会う機会がありました。

そこで志願し、オーストリアで働きたいという思いを伝えたところ、少し経った頃「ぜひうちで働いてください。あなたしかいない」と了承の返事を頂きました。



それから一度渡航し、本社で面接を受けて、帰国してから滞在許可の申請をして、失業中なのでハローワークにも行って、コンサートの準備、引越しの準備など怒涛の日々を終えて東京を後にしました。



今となってみればもう随分前のことに思えます。

それから今に至るまでの間が結構大変だったんですよ。



次回書きますね。